『サバイバー:宿命の大統領』大統領の資格とは?

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引用元:Watch Designated Survivor TV Show - ABC.com

 

今年1月20日に大統領就任式が行われ、ドナルド・トランプ新大統領が誕生しました。

何と言っても様々な方面で敵の多いトランプ氏なので、就任式当日は暗殺や暴動などに備え、1億ドル以上をかけた厳重な警備態勢が敷かれたそうです。

パレードの映像を見ているだけでも、耐爆処理の施された大統領専用車に乗り込み、周囲を大勢のシークレットサービスで固めている合衆国大統領の命を狙うというのがどれほど至難の業なのかということがよく分かります。

しかし、もしも本当にテロが起こってしまったら一体どうなるのか? たとえば、全閣僚と全議員が集結する議事堂が爆破されてしまったら政府はどうなってしまうのか?      

米ABCの新ドラマシリーズ『サバイバー:宿命の大統領』(原題:DESIGNATED SURVIVOR)はそんな「もしも」の世界を描いた作品です。

アメリカの政界に実際に存在する「指定生存者」制度という仕組みを題材に、「もしも全閣僚と議員がテロによって死亡したらどうなるか?」という大胆なシチュエーションで展開するストーリーは、今までの政治ドラマとは一味違った魅力を持っていると言えるでしょう。

『サバイバー』は、『ハウス・オブ・カード』のような陰謀渦巻く政界の裏側を描くと同時に、『24-TWENTY FOUR-』『ホームランドのようなテロとの対決を並行して描写しており、単なる政治ドラマという以上にサスペンス色の強い作品となっています。

 

 

 

あらすじ

大統領による一般教書演説当日。「指定生存者」として隔離されていた閣僚トム・カークマンは、大爆発で吹き飛ばされ火の手が上がる連邦議会議事堂を目の当たりにする。たったひとり生き残った閣僚として、カークマンは急遽大統領に就任し政権運営に当たることになるが……。

 

主要な登場人物

トム・カークマンキーファー・サザーランド

本作の主人公。「指定生存者」に選ばれていたことから、思いがけず大統領としての重責を背負うことになってしまう。前政権では住宅都市開発長官だった。 

アレックス・カークマンナターシャ・マケルホーン

トム・カークマンの妻。移民法専門の弁護士だったが、突如としてファーストレディへの転身を余儀なくされる。

エミリー・ローズ(イタリア・リッチ)

カークマン直属の報道官。昔からカークマンの下で働いており、強い信頼関係で結ばれている。

アーロン・ショア(エイダン・カント)

前政権の大統領次席補佐官。一般教書演説に出席していなかったため生き残り、カークマン政権下で働くことになる。

セス・ライトカル・ペン

スピーチライター。急遽大統領に就任したカークマンの能力に懐疑的。

ハンナ・ウェルズマギー・Q)  

FBIの捜査官。連邦議会議事堂を爆破した犯人を追う。

キンブル・フックストラテンヴァージニア・マドセン)  

カークマンと同様「指定生存者」に選ばれていた下院議員。生き残ったただ一人の議員として議会を運営する。

 

指定生存者とは?  

『サバイバー:宿命の大統領』の原題であるDESIGNATED SURVIVORとはそのまま「指定生存者」を意味する言葉です。  

アメリカでは年に一度、1月に大統領が連邦議会で国民に向けて演説を行う「一般教書演説」と呼ばれる慣例が存在します。

この一般教書演説は副大統領や閣僚をはじめ、上下両院の議員や最高裁の判事といった国政に関わる重要人物が一堂に会する一大行事です。そのため、万が一連邦議会議事堂がテロや災害に遭って政府高官らが全滅してしまったら国政がストップしてしまう恐れがあります。

それを避けるため、あらかじめ指定した閣僚と議員を別の場所に待機させておき、いざという時にはその人物が政権を運営できるようにしておかなければならない、という決まりがあるのです。これが「指定生存者」制度です。  

ただし、この「指定生存者」はほとんど慣例的なものに過ぎません。現実問題として、議事堂がテロに遭い全員が死亡するという事態は考えにくいからです。  

アメリカの政界をリアルに描いた人気ドラマ『ザ・ホワイトハウス』では、大統領の一般教書演説に際して指定生存者を選定するエピソードがありました。

そこでは、司法長官や国防長官といった有力官僚は人々の前に出したいという理由で、そこまで知名度の高くない農務長官を選出するという内幕が描かれています。

「指定生存者」に選ばれるのは必ずしも政権運営を見越した人材というわけではないということです。

 

そんな形ばかりの制度である「指定生存者」ですが、本当に最悪の事態が起こってしまった場合一体どうなってしまうのか?という"有り得なくはない"ストーリーを描いているのが『サバイバー:宿命の大統領』なのです。

 

大統領に"なってしまった"男

主人公のトム・カークマンは、閣僚ポストのひとつである住宅都市開発省の長官を務める政治家です。

誠実で正義感の強い人物ではありますが、一方でしたたかさや野心に欠け、一国を率いるようなリーダータイプにはとても見えません。さらに、一般教書演説を前に方針の違いで大統領と決裂してしまい、罷免が決定してしまいます。そして、体の良い厄介払いとばかりに指定生存者に選ばれるのです。

この出来事が、カークマンの運命を大きく変えることになります。

 

一般教書演説の最中、突如起きた大爆発で連邦議会議事堂が吹き飛ばされるという衝撃的な幕開けから物語は始まります。  

その場にいた大統領以下全閣僚が死亡したことにより、荷物をまとめて政権を去るはずだったカークマンは一転して大統領に就任することとなってしまうのです。  

 

すこし余談になりますが、アメリカでは合衆国憲法と大統領継承法によって、大統領が職務不能になった場合の継承順位が明確に定められています。

継承順位の第一位は言うまでもなく副大統領ですが、大統領・副大統領ともに職務不能となった場合、誰が後を引き継ぐのか。

答えは下院議長です。映画『エンド・オブ・ホワイトハウス』でも、大統領と副大統領がテロリストに人質に取られてしまったため下院議長が便宜的に指揮を執るというシーンがありましたよね。 

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アメリカは日本と異なり行政府と立法府が完全に独立していますから、大統領と下院議長の所属政党が違う、ということが往々にして起こり得ます。  

 

ザ・ホワイトハウス』では、民主党出身の大統領が一時的に職務を離れる際、副大統領が辞職して不在だったため、共和党の下院議長が大統領代行に就任するというエピソードがありました。スタッフは民主党員なのに大統領は共和党員というちぐはぐな状況での政権運営が印象的な回です。  

 

下院議長の次に上院仮議長*1が来て、その後に国務長官、財務長官、国防長官……と閣僚が並びます。  

この閣僚の順位はその省の設立順に応じているようです。そのためアメリカ建国当初から外交を担ってきた国務長官が最初に名を連ねており、9・11テロを受けて新設された国土安全保障省の長官は最下位の17位となっています。  

ちなみに、カークマンが務める住宅都市開発長官は本来の大統領継承順位で言えば12位になります。このことからも、閣僚の中で比較すると優先順位のやや低いポストであるということがあるということが分かります。    

 

大統領継承順位において閣僚よりも上下院の議長が優先される理由は、選挙によって国民に選出されているからでしょう。    

閣僚たちは大統領の指名を受け、議会の承認を得てはいるものの、選挙で選ばれてはいません。そう言う意味では、真に国民の代表というわけではないのです。 

ましてや、カークマンは罷免が決定していた身の上。大統領からの信任すら無いということです。    

そんな人物がやむなくとはいえ大統領として国民の上に立つことに、果たして正当性はあるのか。「指定生存者」の意義、これは作中でも再三語られる大きなテーマの一つです。  

事実カークマンは、国民のみならず政界の面々からも大統領にはふさわしくないと、冷たく当たられます。  

大統領としての正当性を認めずに離反する軍人や政治家たちまで現れる始末です。  

そんな四面楚歌の状況下で、望まずして大統領に"なってしまった"カークマンはどのように危機と向き合い、どのような決断をしていくのでしょうか。

 

テロとの戦い  

『サバイバー』におけるもう一つの大きな軸は、テロリストとの対決です。  

連邦議会議事堂の爆破が何者かによる計画的な犯行であることは明白。政府やFBIは懸命に首謀者を探しますが、どのテロ組織からも犯行声明は出ておらず捜査は難航します。  

そんな中、アメリカ国内では至るところでイスラム教徒に対する迫害が始まります。アメリカに対するテロとなれば、真っ先に疑われるのはイスラム過激派組織だからです。

これはまさしく現代の世相を色濃く取り入れた描写です。最近ではパリの同時多発テロなど、イスラム過激派によるテロ被害は後を絶たず、世界的にイスラム教全体が危険視される風潮が生まれてきています。  

新たな大統領となったトランプ氏もイスラム教徒の排斥を声高に主張しており、実際に支持を集めて当選を果たしています。  

もし今現実にドラマ同様のテロが起きれば、やはり同じようにイスラム教徒に対する暴動が起こる可能性はあるでしょう。  

発足したばかりのカークマン政権は、手始めにこの暴動の鎮静化に追われることとなるのです。   

 

『サバイバー』では、現代ならではの諸問題を積極的にストーリーに取り入れています。  

たとえば、作中では政府の機密情報がウィキリークスに漏洩するエピソードがあります。これは我々の記憶には新しいですが、'90〜'00年代に放送していた『ザ・ホワイトハウス』ではお目に掛かれなかった事件です。

議事堂爆破という未曽有の事態を通じて、昨今ならではの問題をピックアップし、提起しているのも本作の特徴と言えるでしょう。

 

大統領の資格  

アメリカの歴史上、大統領選挙によって選出されていない大統領は第38代のジェラルド・フォードのみです。

フォード氏は辞任したアグニュー副大統領の後任として議会に承認され、その後ニクソン大統領の辞任に伴い大統領に昇格しています。  

つまり、大統領、もしくは副大統領候補として国民による選挙を経てはいないというわけです。  

 

本作における最大のテーマは「大統領としての資格」です。  

 

それは権限の正当性や指定生存者制度の意義という法的な問題のみならず、現実として、国を導くにふさわしいリーダー像とはどのようなものか? 

この作品ではそんな疑問を投げかけているように思えます。  

それはまさしく今の世界において問われている大きな命題です。『サバイバー』はまさしくこの現代だからこそ生まれたドラマだと言えるでしょう。  

本作はNetflixでシーズン1の10話が公開されている段階で、物語はまだまだ続いています。

すこしでも興味を持っていただけた方がいらっしゃったら、ぜひ一度チェックしてみてください。

*1:アメリカでは副大統領が上院議長を兼任しているため